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2011/09/23 / phonda

デッドエンド・スカイ

たった一秒ほどの出来事を説明するにも苦労が絶えない。

道路に落ちていたストローにまつわる話なのだが、これは説明が面倒くさいうえに、とくに面白くもないという厄介なものである。

この現象に名前があればラクなのだが、なぜこの現象に名前がないのだろう。確率が希少で、無意味だからだろうか。

歩いているときに、足に何かが引っかかった感触があったので、反射的に足元を見た。すると僕の足元ではちょうど、左足がストローの片方を踏んでいて、右足のつま先でもう片方を少し持ち上げ始めている、という瞬間だった。

その後、持ち上がったストローの片方は僕の右足をすり抜け、己の弾力で地面を打ちつけることとなり、「パチン!」という音が鳴った。それほど大きな音ではないが、僕の耳にはハッキリと聞こえる大きさだ。

それだけのことである。オチもないし、教訓もない。どうだろう、先に言ったとおり、とくに面白くないのだ。

だがしかし、やけに記憶に残ってしまう。

この現象には名前がない。名前がないがゆえに、誰も話さない。伝えない。語らない。語られないということと、起きていないということは、だが、イコールではない。

僕が本当に、自分や人に語りかけたいこととは、では、一体なんなのだろう。

そんなことばかり考えているせいか、昨日は知人と食事中、アホかというほど小皿の上に置いた割り箸にシャツを引っかけて、テーブルに転がした。回数にして、8回ぐらいはやった。

安心してほしい。この現象についての名称は知っている。

「不注意」だ。

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