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2011/08/01 / phonda

ヤメマン

Twitterを続ける気がなくなってしまいました。

以前にも、もう無理かもと思ったことが2度あって、今度のは3度目。さすがに今回のことは時間をかけてよく考えようと思っておる次第です。答えがちゃんと出るまで僕はもう発言をしません。まあ、そんなもん勝手にしたまえよ、ってなものですが。

1度目、それはあるお笑い芸人のお子さんが亡くなったとき。「えっマジ? ソースどこ?」だの「RIP.」だの流れてくるのにウンザリしてしまった。葬式に言ってもお前は「RIP.」とか言うのか? 身内が死んでも「ソースどこ?」って言うのか? 他人のことだったらネタとして消費して終わりかい? そういうのは言論の自由の「自由」でも何でもないわけだなー。

2度目、震災後。しょうもないデマ、誹謗、中傷だらけの日々。地震のあった当日だけ、日本人のマナーが素晴らしいというニュースもあったけど、善意は3日も続かなかった。人間どうしようもねえな、と思った。やれ原発反対だ、総理大臣を交代しろだ、またもや他人事。言うまでもなく、原発なんて全員のせいだからなー。

3度目、つい先日、ある批評家とその家族への殺害予告。これはTwitterでというわけではなかったようだけど、震災後、僕がインターネット上で一握りの人しか信用できなくなっていたところへ、追い打ちをかけられた感じだ。そしてさらにアーティストの訃報も重なった。「えっマジ? ソースどこ?」「RIP.」「RIP.」。またこれかー……。

と、僕のTwitterは、とりあえずこのときをもちまして終了しました。

震災をきっかけに、倫理観とか、インターネット上のやりとりとか、人の意識が変わるだろうと思ってそれを願っていたけど、玉石混淆どころか、クソだらけ。

良いことも悪いことも目立ってしまうのがインターネット上の情報の特徴だというのは分かっているけど、情報の選別にもエネルギーは必要だし、砂金を見つける以上の労力になってきて、気がつけばグッタリしている。バカかと。そのエネルギー、他に回すぅー!

僕の発言もほとんど形骸化していて、自分でも何やってるか分からんし、やってて面白くないし、丁度いい機会ではあったのだろうけど。潮時ってやつやね。

そんなわけで、今は黙々と本を読み、映画を観賞し、誰に見せるでもない小説を書き、つまり、ただ元通りの生活に戻っただけなんだけど、イチからやり直しますわー。

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