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2011/03/01 / phonda

書を捨てよ、町へ出よう、ニンテンドー3DSをもって!

ニンテンドー3DSを買ったよ!

しばらく遊んでみた感触としては、ゲーム機ではあるのだけど、手帳に近い感じ。

手帳や日記帳が通信機能をもったら、こうなるのかなという手触り。

さりげなく多くのことを覆し、革命を起こしているゲーム機なので、一度にすべてを言うのは難しいでござる。

自分のものとして使って遊ばないと、この魅力は分かりにくい。これはハードの表立った性能ばかりに話題が集中しているからだと思う。

なので、あまり気づかれていない、ある一点について、僕は言ってみたい。見当違いだったらゴメンぬ。

「ニンテンドー3DSとは、ズバリ、任天堂のSNSであーる! ババーン!」

mixi、モバゲー、Twitter、facebook、など、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が隆盛しているれど、依然として、実生活のある世界を「現実」、ネット上を「仮想」とする区別はなくならない。

実際に生きている僕たちは、そのどちらにいる自分も自分だと思っているのに、対極のものとして個別に振る舞わなければならない、奇妙なもどかしさを感じ続けていたはず。

これはそのまま「ゲーム」と人間の関係性においても言える。

「しかしもう安心しろ! 僕たちには、ニンテンドー3DSがある!」

たとえば、3DSをもった人同士がすれ違うだけで行われる、「すれちがい通信」が分かりやすい。

「すれちがい通信」では、自分の分身である似顔絵キャラクター「Mii」が名刺交換されたり、同じゲームで遊んでいれば対戦やアイテムの交換が行われるなど、現実とも仮想ともつかない体験ができる。

任天堂は3DSの体験を話すとき、さかんに「うれしい」という言葉を使っている。

人とつながるとか、ゲームで遊ぶということは、もともとは「うれしい」だったことに気づいてハッとする。

このキーワードをもって世界そのものをゲームに変え、人と人とをつないでいこうという任天堂を、僕は応援せざるをえない!

まだ猜疑心をもっている人に最後の切り札を出そう。

3DSを持って歩くと100歩ごとにコインが1枚たまるんだからね!

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