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2011/02/10 / phonda

悪魔のいけにえ

小学生のころ、年に一度あった交通事故のデモンストレーションが怖かった。

交通安全の一環として、警察が主催していたもので、全児童が校庭に集められる。あれは、全国的にやっていたものなのだろうか。

ゲートのようなところにロープで宙吊りにされた「ゴロウ君」という人形が、時速80キロぐらいで突っ込んでくる車に轢かれる。交通事故の危険をビジュアルとして刷り込むための、地味ながら人気のある校内行事だった。

車のブレーキ音と、タイヤが砂を擦る音、鈍い「ゴンッ!」という音、歓声、悲鳴などが混ざった、あの瞬間の巨大な騒音が耳から離れない。

当時は子供だったので上手く気持ちを言葉にすることができなかったが、交通事故の恐怖ではなく、人間の内面に潜んでいる悪意や暴力、そのしらじらしさに僕は怯えていた。

人形の名前は「ゴロウ君」だけではなく、毎年いろいろと変わり、警察官が名前を発表すると、なぜか笑いがおこる。その乾いた空気も不穏で、苦手だった。

今となっては映画でしか見ることのできないような、人間の処刑シーン。火あぶり、ギロチン、熱々のおでん。歴代の残虐行為はたくさんある。

悪意や暴力は、同じものを見ることがなくなったというだけで、現在も姿を変えて社会に潜んでいる。もちろん僕のなかにも。

自分が加害者になりえる可能性を考えたことがないとすれば、現代、それは何よりの暴力だろう。

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