Skip to content
2011/02/08 / phonda

移民の歌

誰もが当たり前だと思い、疑問を持つことすらないのだろうが。

「弁当」はかなり変だ。おかしい。何だよあれ。

ちょっと冷静に弁当について考えてみよう。やっぱりおかしい。「可笑しい」と書いて、おかしい。ご飯、持ち歩いちゃったよ!シウマイとか入れて。入れてる人もきっと、栄養バランスや見栄え、おかずが寄ってしまわないように、などを考えていて、その行い自体を変だとは思っていないだろう。

「ご飯ポータブル」と言い換えてみると、僕の言ってることが分かってもらえそうな気がする。

新幹線の車内で売られている駅弁など、想像するだけで笑ってしまう。ものすごいスピードで移動するご飯。

人類はさまざまな物を屋外に持ち出すことでテンションを上げてきた。時計、電話、音楽、テレビ、ゲーム、パソコン。文明の利器というやつだ。本当に素晴らしい。

しかし、「持ち出す」という発想からすれば、いかなる物も「弁当」のインパクトには勝てないであろう。

自分の生きている意味が分からない。人生に意味はあるのか。それよりも僕は「弁当」が分からない。分かりたい。分かってあげたい。弁当屋さんになりたいとか、自分100%を詰め込んだオリジナル弁当を作りたいとか、そういうことではないが。

いや、べつに分かりたくはないわ。どっちかっていうと、どうでもいい部類。嘘ついた。ゴメン!

広告