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2010/08/08 / phonda

ここでゲームをやめますか?

ゲームが大好きである。理由は単純で「面白いから」に尽きる。

もちろんゲームで遊ぶことが第一に好きなのであるが、同様に、新しいハードやサービスが発表されるタイミングなどに聞くことのできる、企業の考え方にも興味がある。

家庭用ゲーム機が好きで、現在だと、任天堂、ソニー、マイクロソフトの3社。それぞれに特徴があり、思想がある。僕はその思想すべてに期待をしているので、すべてのゲーム機を所有し、いつでも面白いソフトに反応できるようにしている。

ゲームが売れない。ゲームをやる人間が減ってきた。このままでは業界は続かなくなってしまう。という理由から、任天堂が「ゲーム人口そのものを増やす」というやり方をしてきた。実際にDSやWiiは、普段あまりゲームをやることのない人たちにも知られて、世界中で売れた。

しかし、僕のプレイヤーとしての感覚では、そのせいでゲームは確実に面白くなくなってきている。ゲーム制作関係者の人にそれを言ったら「業界の人間でないお前に何が分かる!」と言われるかもしれない。実際、分からないし、分かる必要はないと思っている。内部事情なんて、ゲーム業界じゃなくたってどこにでもある。

それよりも僕が知りたいのは、事情ではなくて「本当にやりたいことは何なのか」だ。ゲーム人口を増やした先に、何があるのだろう。僕にはそれが見えない。業界の維持だけが目的なのだろうか。

興味のない人に受け入れられるために、本当に作りたい作品がある人間と、それを必要としている人間がストレスを感じていたら本末転倒だと思う。

最近は携帯電話用のソーシャルゲームが急成長していて、収益も急増していると聞く。「ゲーム人口を増やす」のはそっちでやってくれないだろうか。需要と供給の整った釣り堀で、楽しく釣りゲームをやっていればいい。

僕はゲームからたくさんのことを学んだり感動したりしてきた。人生が変わるような体験だってしてきた。暇つぶしでやっているわけではない。暇なら昼寝をする。携帯電話用のゲームに感動できる作品が1つでもあるだろうか?少なくとも僕は1度も聞いたことがない。

やりたいことを説明するのは難しいかもしれない。実現はもっと難しい。けれど、やりたいことが”ある”のか”ない”のか答えるのは簡単なことだ。それを答えられない人たちに付き合ってる暇は僕にはない。限られた人生だ。

ゲームを作っている人たちには感謝している。応援もしている。敬意も表したい。

だけど、ライトでもヘビーでも、ゲームプレイヤーは人間であることを常に忘れないでほしい。人間を前にして、適当にお茶をにごすようなことしかできないのなら、それはもう文化でもなんでもない。消滅して結構。僕もゲームやめます。

人間やめてまでゲームやりたいとは思っていない。

後記:深夜の勢いに任せて書くとこういうことになりがちですね。面白いゲームもたくさんあるし、娘と一緒にWiiやDSで遊んでいて楽しいです。ただ、そういう思い出もいいけど、小説や映画のように作品と1対1で向き合うようなものを二の次にしてまでやることですかね、ということで。レジャー化するだけの昨今の家庭用ゲームに、僕は辟易しているのであります。

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