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2010/04/14 / phonda

まきぐそ大学 4年生

ゲロゲロプースカ
僕の大好きな、しりあがり寿さんの漫画です。『弥次喜多inDEEP』で描き、『方舟』が破壊した先に、『ゲロゲロプースカ』があるのかなあというのが僕の解釈です。どの作品よりもテーマは深く、しかし絵と言葉はどんどん軽くなっている印象です。それがしりあがり寿さんの凄いところで、この本はとくに寓話のようでもあり、詩のようでもあり、それでいて強いメッセージが込められているというバランスにおいて、文学をはるかに超えた漫画だと僕は思っています。生と死とギャグが渾然となった短いエピソードが輪廻のように関係しあって、ひとつの物語になっています。子供はいつか大人になり、大人は子供へ言葉を残す。その言葉は、言葉というよりも、祈りに近いものです。『弥次喜多~』がうねるような轟音のギターだとしたら、こちらは自然界の音をリズムにアコギ1本で弾き語っているようなイメージ。読後はとにかく「ありがとう!ありがとう!」という気持ちです。プロローグとエピローグでループするような構成になっているので、自然とカバーをはずして裏表紙を見たのですが、「完」の代わりに書かれた最後の台詞がドーン!と入って来て、僕は山崎邦正のような顔で泣きました。いや、上島竜兵ですかね。まあ、どちらでもいいですけど、このメッセージを真正面から受けたらそういった感じになってしまうはずです。

MOTHER3
これもまたゲームです。僕は年間でたくさんのゲームを買うので、ちょっとやるだけで終わってしまうゲームも少なくありません。しかし、この『MOTHER3』は、やりたいのに進められず、ずいぶん長いあいだ眠っていました。というのも、序盤のストーリーがショッキングで重いのです。僕は実際に自分の身の回りで立て続けに人を亡くしているので、それがどんなに表現をするうえで必要な事であったのだとしても、導入部を受け入れることができませんでした。シナリオを書いた糸井重里さんがどんな性格の人かは知っていたので、無意味にそのようなエピソードを書かないことは分かっていました。だから、そこから先で何を言おうとしているのかということが、ずっと気になってはいたのです。そしてある時、僕は自分の「逃げている」感に気づいたまま放置するのが嫌になったこともあり、気持ちの整理をする意味でもやったろうやないか!と、ついに最後までやることを決めました。2~3ヶ月ほどかけて少しずつです。進めながらこの世界の人たちの言葉に耳をかたむけていくうちに、糸井さんおよび『MOTHER3』の言っていることがボンヤリと分かってきたのですが、僕はとくにマジプシーという(オカマみたいな)人たちの生き方や言葉から「観念」というものを感じ、その考え方に強く惹かれました。物語を最後までやってみて思ったのは、これはつまり「生きていくこと」そのものなんだなということでした。詳しい内容には触れませんが「壊れてしまった世界の再生」とも言えるこの物語は、現実に僕たちの世界で誰もが感じている喪失感のような時代の空気を、肯定していく作業に必要なパーツであると思いました。エンディングの、暗転した背景にテキストだけが表示される場面で、最後に手に入れるアイテムと疑問文。いろんな解釈ができると思いますが、僕はバトンを渡されたし、このバトンを次に渡すために生きていこうと思いました。

では、卒業式でまた!(まだあるんかい)

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