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2010/01/27 / phonda

情熱大陸

「感動」について考えることで、多くのことが、次のステップに行くための手がかりを得られるような感触があります。

意図的にそれを排除してきたわけではないにしても、ある程度出来上がったシステムが惰性で動いてきた世界であることは誰もが認めることでしょう。

そこには選択の自由があるようでいて、じつはとても不自由な、意志の存在しない世界だったのではないでしょうか。規則的な運動を繰り返していたに過ぎなかったのではないかと、僕は感じています。

相変わらず経済もなんだか分からないことになっていますし、より一層、政治にも興味を持てなくなってきましたが、僕は感動だけを頼りに生きていくことが、あらゆることの近道で、本質を取り戻す唯一の手段のように思います。

そして、感動って何なんだろうということを日々考えながら、ラーメンを食べたりゲームをしたりしています。

大方、僕はそれについて答えを出すことができていますが、答え合わせの必要はないと思っているので、言いません。

というよりも、それが答えなのです。

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