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2009/09/06 / phonda

まんだらけ

「二次元」という区別。僕はハッキリ言って、くだらねえ!と思います。

不特定多数への反論になるので、なんだか虚しいけれど、自分で本質を理解せずに流行言葉に汚染されるのは、ダセーよと言っておきたいので、鼻息も荒く、ヨダレも垂らしたままで書きますよ。

この「二次元」を簡単に説明すると、アニメなどのキャラクターや世界を指していて、フィギュア(人形)のように立体的なものも含めて「架空の存在」を総称するように使われています。その「二次元」を好きな人も、冷めた目で見ている人も、僕はどちらに対してもノン!と言いたいのです。

まず、僕たちの気持ちや感情に、構造的にひとつでも「二次元」じゃないものがあるでしょうか。

自分でも自分のことがよく分からない不確かな存在であるのが人間でありますし、社会(これだって虚像だし「二次元」でしょう)によって後付けされた人間性を、架空ではなく実存としてとらえ、優位であると考えている意味が分かりません。

目に見えているもの、感じていること、これらは目や手などを通過した情報が、脳内で処理された単なるデータの集合であるわけですし、この盲点や錯覚まみれのデータがすでに「二次元」だと思うのです。

僕は妻を亡くしていますが、彼女のことを思い出しては、ああでもない、こうでもない、そんなふうに考えていることだって「二次元」で、『けいおん!』のキャラクターを見て「かわいいわー」と言っているのと、感情の働き方としては(もちろん妻のことを考えている自分の感情に重きをおきたい気持ちはありますが)たいした差はないのです。

妄想という言葉が「亡き女を想う」という字面なのでそんな私的な例まで出しましたが、お墓だって、昔の人にもっと技術とセンスがあれば、あんなコンニャクみたいな形じゃなくて、きれいなフィギュアだったのではないかと思います。

この世に「二次元」じゃないものなんてありません。夢という妄想を形にすることが「二次元」であるならば、この世界はすべて「二次元」です。そして、来るべきクローン社会に備えるまでもなく、不完全なあなた自信も、僕も「二次元」なのです。

ところで、このツボなんですけどね、200万円で買っていただきたく・・・・・・。

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