Skip to content
2009/08/28 / phonda

迎夢

人とつながりを持つことに興味がありません。好きな人はたくさんいます。でも、べつにつながってなくてもいいのです。

暗めのスタートだけれど、違うんです。僕はその「つながる」っていう言葉が指している状態が、連絡を取り合うとか、会うとか、そういった関係を維持することに限定されているだけのような気がして、それだったら僕はできません、ということなのであります。

またしてもゲームの話になりますが、僕は大学生のころ、ウルティマオンラインというゲームをやっていて、そこで今でも自分の指標となっているような出来事がありました。

名前の通り、オンラインでやるゲームなので世界中の人が同じ空間にいて、みんな思い思いのことをしているわけですが、僕はその日、ひとりで黙々と旅をしていました。朝の4時ごろだったので、人も少なく、鼻歌まじりで遊んでいたら、モンスターの大群に囲まれて即死。細かなシステムのことはもう忘れてしまいましたが、死んでしまうと持ち物がすべて無くなるので、僕の操作するキャラクターは、ふんどし1枚の情けない姿で、近場の町へむけて走っていました。

モンスターに怯えていたのは当然ですが、人間が人間を殺す、いわゆるPK(プレイヤーキラー)という行為で楽しんでいる人もいたので、そちらのほうが怖かった。自分の判断ミスを反省しつつ、僕はふんどし姿で町へ走っていました。すると、黒い馬にまたがった、全身真っ黒な鎧のプレイヤーがものすごい速さで僕を追いかけてきて、眼前で立ち止まりました。瞬間的に「あー、狩られた」と思い、僕は何もせず、走るのもやめて、ただそこに立っていました。

「これ、よかったらどうぞ」

黒い甲冑の騎士は、僕に簡単な装備品と、少額のお金を分け与えてくれて、用件だけ話すと「お気をつけて」と言い残し、パッカパッカと走り去ったのでした。どうせゲームだし、匿名だし、そんなところでどんなやりとりがあろうと、単なる空虚なデータが行き来しただけのことです。ロスしたからといって、実際には何がどうということもありません。しかし、僕にとっては「そんなところ」だったからこそ、本当に本当にうれしくて、心が震えたのでした。

インターネットが登場して以降、いろんなことを体験しましたが、この件がコミュニケーションの象徴として、僕の記憶には刻み込まれています。

つまり、みなさん、僕と「ゲーム」しませんか?ってことなんですけどね。僕はいつでも、ふんどし姿で待っていますよ。

広告
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。