Skip to content
2009/07/18 / phonda

面白いと言う勇気

つい最近の『ドラゴンクエスト9』の批評ではっきり思ったのは、インターネット上では多くの人が、何かを面白いとか、好きと言うのを恐れているということ。

僕の勝手な推測では、批判的な意見のほとんどは、実際にはそれに触れていない人たち。自民党バッシングでも何でもかまわないけど、とにかく本題よりも、批判したい欲望が根本にある人たちというのがいて、それがネット上の振る舞いの定型みたいになって伝播しているという感覚がある。

せっかくのインターネットの可能性が、結局ただのテレビ感覚と、村社会の形成でつまらなくなっていく。残念でならない。

それは極端に言えば、名前とルールを失ったときに、あなたは人を殺せるということ。その兆候を少しは憂うべきだと思う。村社会は、自分で自分が「善良な市民」だと信じて疑わないようにできている。

吉本隆明さんだったか、こんなことを言っていた。古墳時代は死んだ人を埋葬するときに、慣例・慣習から、生き埋めにされる人がいた。そのことを「おかしいよ!」って言うのは、今からなら誰にでも分かるけど、その時代に生きていた人には気づくことすら難しく、発言するに至っては説明するまでもない。みたいな。

たかが『ドラクエ』でそこまで言うか。でも、僕は、本当はドラクエの話をしているんじゃないんだよ。

だけど、主人公が勇者ではなくて天使という、今回の『ドラクエ9』は、やっぱりその辺のことだと思うし、だからやっぱり、ドラクエの話なんだよ。

まずはその村を出ろ!ってことか。僕はもうとっくに出ているよ。キミはいつ出るの?

広告
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。