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2009/07/14 / phonda

リニアモーターカー炎上

子供のころから無条件に好きだった「未来」の世界。

最近、また話題になってる拡張現実(AR)など、まさにSF映画に出てくるようなものが、実際に使えてしまうわけですが、すごいんだけど、なんか、すごくはない。

『スター・ウォーズ』でR2-D2(ピポピポ言ってる丸っこいロボットです)が、レイア姫のメッセージを3Dのホログラム映像で再生するシーンがあるのだけれど、例えばそんなような「未来」は、もう実現されているのであります。

TVゲームも順当に行けば、平面のディスプレイに限られたものではなくなっていくだろうし、まさに「未来」に向かう準備は整っているようです。

すごい。でも、すごいんだけど、やっぱ、すごくない。

この煮え切らない気持ちは、その「未来」が、レトロ・フューチャーの再現で、じつは「過去」であるからだなあということだと思うのですが、そうなると、じゃあ、僕が求めてる未来って何なんだろう。

有史以来、人間のデザインが変わっていないことから、未来が飽和することは決まっていたのでしょうし、結局のところ精神論みたいになって、振る舞い方やコミュニケーションの変化においてのみ、未来は存在するのかもしれません。

僕はとにかく、人が人を殺したり、だましたり、裏切ったり、それがある限り、いつまでもこの世界は「過去」であり続ける気がします。

お墓がなくなって、それで、人間も動物も、死んだら球根になれて、生前の思い出は毎日違う花を咲かせ、それはそれは美味しくて栄養のあるフルーツを実らせたら、僕ははじめてその世界を、未来と呼びたいと思います。

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