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2009/03/31 / phonda

□いアタマを卍にする

そこに大きな球体があったとしましょう。地面に。

これがけっこう重くて、一人で持ち上げるにはハードすぎる重さである。

しかし、この球体を運ばなくてはいけない。距離にして、まあ、2点間は500メートルとかそのくらいはある。

この球体の数量が、1日につき20個〜50個、多いときは80個くらいになることもある。

これを、だいたい4〜5人で持ち上げて、すべて運び終わるまで作業を続けている。

この作業に、あなたも加わることになりました。さあどうしましょう?

どうしましょう?って何が?と思ったら、控え目に言って、あなたはアホかドMです。

疑問が出てこないほうがおかしい。

何で持ち上げてんの?転がしちゃダメなの?砕いちゃダメなの?向こうには何があるの?そもそもこれ何なの?どっから来るの?誰がやれって言ったの?面白いの?車とかないの?日本語は通じるの?ここどこなの?

尽きることのない疑問を抱くはずであるが、生まれたときからその光景を見ていた人はそう思わないかもしれないし、最初は抵抗があったが、続けているうちにマヒしてきたという人もいるかもしれない。

それに従うか従わないか、たぶん従っていたほうがエネルギーの連続性そのものは保たれてスムーズである。

しかし、スムーズである必要があるのかどうかもまた、同様に疑問の対象となる。

そうすると、毎日、毎分、どう見積もっても「暇だ」なんて思う時間はない。

ためしに考えてみてください。

例えば、地球のこととか。

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